B&Bカフェやまがら文庫オーナー・前田直さん・芳子さんによるスペイン・ポルトガル旅行記・第6回目です。
大西洋の美しい夕日
17時30分発のリスボン行のバスまでは十分に時間はある。
今日は旧市街地でもカテドラルとは違う方向へと足を向けた。ガリシア博物館、サンタ・クララ修道院などを見学する。陽射しを避けながら旧市街地の建造物を幾つか見学して歩くと、いつの間にかカテドラルの広場に着いてしまった。旧市街地はどう歩いても、カテドラルに着くようになっているのだろう。
広場の石畳は陽射しの照り返しもあり相当暑く、石造りのカテドラルの中に入り涼むことにした。正午になるとミサが始まり、私たちも中央祭壇の近くで2度目のミサに参列し、名物のボタフメイロまで一部始終見ることができた。しかし、初めて参列した時ほどの感動は沸いてこなかった。ミサは1時に終わった。サンティアゴでの3日間、私たちは充分に満喫した。もう思い残すことはない。いざポルトガルへ出発だ。
バスターミナルに行く前に、先ず腹ごしらえだ。小さなインド料理店に入り、カレー味チャーハンとサラダと旨いビールで十分満腹になった。
バス発車まではまだ時間がある。しかし、なにか気にかかる。早くバスターミナルに行った方が良さそうだ。インド料理店を出、バスターミナルに向かった。時間は 14 時 30 分、1階のバスホームでは、バス会社の社員らしき人たちが、数人座って雑談している。どうも予感が当っていそうだ。
2階のホールに行くと、数人の旅行者がいるだけで閑散としている。国際線の窓口に行って昨日購入した乗車券を見せると、係員は「ストでバスは運休」と言う「エーッ! そんな!」とりあえず乗車券(2人で 70 ユーロ)の払い戻しをした。
さあ、これからどうするか…。今日もこの町に泊まるわけにはいかない。スペインの国民性からして、明日もどうなるか分からない。さあ、どうする。「そうだ! 鉄道がある」スペイン・ポルトガルの地図で、サンティアゴからリスボンまで鉄道が通っていることを思い出した。
駅まで行けばどうにかなるだろうと、タクシーを拾って駅に急いだ。サンティアゴの駅は意外と近く、約10 分で到着した。料金とチップで6ユーロと安い。そんなに大きな駅ではないが、どこか風格のある落ち着いた石造りの駅舎だ。
バスのストの影響なのか、待合室は巡礼者や観光客で混み合っている。私たちはまず駅の案内に行き、今日の宿泊地ポルトの地名を話すと、係員は「1番」と言う。妻と混み合うなか、1番窓口に行き「ポルト、チケット、ドス(2枚)」と告げると、「3番」と言う。日本で言うタライ回しだ。
また3番窓口に並び「ポルト、ドス(2枚)」と告げる。係員は「ビーゴ」と言う。妻は再度「ポルト、ドス」、係員「ビーゴ」。妻はイライラして私を見る。私はハッと思った。ポルトまでの直通電車は無いので、ビーゴで乗り換えと言っているのだと思った。地図を見ると、ビーゴは国境の都市である。ビーゴ行きは16 時10 分発、あと30 分ある。パスポートを提出すると、65 歳以上は料金を割り引くと言う。日本人も該当するからありがたい。乗車券は2人で17 ユーロと安い。ビーゴからその先のポルトへは、ビーゴに着いてからだ。まずはビーゴまで行けるので一安心である。
電車は1番ホームから出発だ。スペインでは主要駅以外はホームへの出入りは自由だ。その代り、不正乗車をすればかなりの罰金を払わなければならないらしい。広いホームは巡礼者や旅行者で混み合い、高校生の団体もみられる。こう混み合えば、スリに狙われていないかと心配になる。時々、ズボンのポケットに手を入れて財布を確かめる。
発車5分前になると、ホームにビーゴ行きの電車が入ってきた。指定座席は1両目のデッキ近くで座り心地は良い。電車は定刻に発車すると、あっという間にサンティアゴ・デ・コンポステーラから遠ざかった。ビーゴまでは約1時間30 分。電車は一度海岸線を走ってから山間部に入り、また海岸線に出た。向かい座席の 30 歳前後の女性が、私たちを気にしているようだったが、何かのきっかけで妻と話しを交した。
彼女はスイス人で、一度日本へ旅行をしたことがあるという。日本の津波(東日本大震災)のことを知っており、とても気にかけてくれた。そして、ポルトガルでは大きな山火事が発生し、現在も燃えていて国中が大騒ぎになっていることも教えてくれた。彼女は「この辺は貝料理がとっても美味しいのよ」と言って、ビーゴの少し手前の駅で降りた。どうも日の丸のワッペンを見て、私たち日本人と話をしてみたかったようだ。妻は「もう少し語学の勉強をしていれば、彼女ともっと話ができたのに」と私に話す。60 歳過ぎても向上心を持っていて素晴らしい。一方の私は、歳も歳で今更無理と諦め、金魚のウンコのように妻にぶら下がっているだけ。まあ、なんとかなるさ。
車窓からは大小の島々と、沢山の人たちが砂浜で水遊びをしているのが見える。17 時でもまだ太陽は高く、あと2時間は浜辺で十分楽しめる。電車はしばらく海辺を蛇行しながら走り、トンネルを抜け、コンテナが積まれた港湾施設に入った。どうやら港町ビーゴ駅だ。電車はゆっくりホームに入り止まった。駅舎に入り時刻表を見ると、ポルト行きまで約1時間半の時間がある。この間に夕食をとることにし、リュックを背負って街にでた。20 万人の都市にしては静かな通りで、中心街は別の場所にあるのだろう。5分も歩くとマーケットがあった。品数は多く、チーズはいろんな種類が揃っている。魚も野菜も新鮮で美味しそうだ。私たちはパン、生ハム、ヨーグルト、リンゴとオレンジジュースを購入して駅に戻り、妻とホームのベンチに腰掛けてのんびりと食事をした。異国の地での幸せな時間だった。
ポルト行の列車は 19 時過ぎにビーゴ駅を発車した。3両編成のディーゼルカーだ。車両は古く、エンジン音は高い。しかし馬力はありそうだ。ビーゴ駅から数分で急こう配となったが難なく上り切って、高原地帯を疾走した。車窓にトウモロコシ畑や、野菜畑が交互にあらわれては消えていく。日本の農村風景とさほど変わらない。あえて異国を感じさせるのは、石造りの農家が点在していることだ。
1時間も走っただろうか、列車は小さな町の駅に停車した。数人の人が降りたがなかなか発車しない。10 分も経っただろうか、隣の線路に行き違いの列車が到着した。それを待っていたかのように私たちの乗った列車は大きなエンジン音を出して走り出した。間もなくして、2人のワイシャツ姿の車掌が検札のため、車両の両サイドから入ってきた。乗客を挟み撃ちにしての検札だ。こうなれば無賃乗車客は逃れる術がない。ビーゴから乗った制服姿の車掌は、さっきの駅で降りたようで、列車はもう国境を越えてポルトガル国に入ったのだろう。
陽はだいぶ傾いてきた。列車は高原地帯から海岸線に入り、次第にスピードを上げる。家並みの景色はどんどん後ろに飛んで行くが、長い砂浜は終わることはない。陽射しが弱まると夕焼けショーがはじまった。空が茜色に変わると、外の風景も車内も全てが茜色に染まった。妻も茜色に頬を染めながら微笑んでいる。やがて夕陽は力を失い地平線の雲間に余韻を残しながら静かに消えていった。列車は今どのあたりを走っているのだろうか。「こんなに遠い異国の地まで、二人でよく来たものだ。日本は今何時になるだろう。家族は?」などと心に浮かぶ。妻もきっと同じことを考えているのだろう。
疲れた気持でぼんやり暗くなった外を眺めていると、突然の思わぬ景色に、妻は「ウワーッ! きれい!」と叫んだ。ライトアップされた古城かと思ったが、高台にある白壁の住宅街だ。街灯で街全体が琥珀色に染まり、光と影で幻想的な街並みをつくりだしている。私たちは一瞬でポルトに魅せられた。
列車は大きな街へと入り、23 時過ぎにカンパニャン駅に到着した。車内は慌ただしくなり、乗客は待ちかねたようにホームへ降りた。私たちもその流れについて行く。改札ラッチのないホームを出ると駅前広場になっている。
もう時間が遅いので、妻が昨日申し込んでいたホテルへはタクシーで行くことにした。タクシー乗り場には数台のタクシーが客待ちをしている。妻がホテルの名前をメモ用紙に書いて運転手に見せると、運転手は分かったような素ぶりをし、タクシーのトランクを開けてリュックを入れるようにと言っている。
なんか騙されているような気もするが、運転手を信用するしかない。タクシーは人通りの途絶えた薄暗い広い通りを10 分も走って止まった。運転手はフロントガラスからホテルを確認し、「ここだ」と手
で合図した。旧市街地の古ぼけた普通のアパートのように見える。
ホテルかどうか、ちょっと不安ではあったがタクシーを降りた。運転手に料金と少しのチップを渡すと、「ありがとう」と言って機嫌よく走り去って行った。
ホテルのフロントは2階らしい。狭い階段を上がると、これまた薄暗いフロントがあり、青年が受付にいた。フロント内のソファーでは、夜も遅いのに5~6歳の黒人の少年が熱心にテレビを観ている。少年は私たちを見るとニコッと微笑んだ。怪しげなホテルではと緊張していた私たちは、この少年の微笑みで少し安心した。
2人で30 ユーロの安ホテルだから良い部屋を期待する方が無理。案の定、部屋はカビ臭く、ベッドや枕カバーはあまり清潔とは言えない。どうもダニがいる予感がする。
私たちは気休めに、日本から持って来たハッカ油の稀釈液を噴霧し、ベッドの上に寝袋で寝ることにした。また、隣部屋のドアの開閉の音や階段のきしむ音、さらにホテルに面した通りを大型トラックが爆音を発して走るので、ホテルとしてはちょっとひどいが、「安宿だから仕方ないな」と納得するしかなかった。
それでもシャワーを浴びて寝袋に入ると、いつの間にか二人とも深い眠りに入った。
(つづく)
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