『我輩はカモである』~村上浩康監督の映画コラム「その一本に魅せられて」~

ドキュメンタリー映画監督・村上浩康さんによる映画コラム。紹介する作品は、マルクス兄弟の『我輩はカモである』です。

馬鹿とハサミは使いよう

映画史上に燦然と輝く最狂のコメディ・ユニット、マルクス兄弟。彼らの映画を見ると、「馬鹿と鋏は使いよう」ということわざを思い出す。
マルクス兄弟の次男ハーポが、何でもハサミでちょん切るからだ。

もっともハーポは決して馬鹿ではない。常人にとって馬鹿のように見えるだけだ。なにせ彼ときたら、子どもがそのまま大きくなったような無垢な笑顔を持ちながら、行動は奇妙奇天烈。食欲旺盛で食べ物は皿ごとかじり、女性と見れば見境なく無くお尻を追いかけ回し、言葉を話さずラッパや指笛で会話をする。そんな極めてまっとうで正直な(本能に忠実な)男だ。

ハーポ

ひとたび彼が動き出すとビルも列車も粉々に壊れてしまう。彼のコートはまるでドラえもんの四次元ポケットで、中から何でも出てくる。目覚まし時計、ガスバーナー、ネズミ捕りの罠、生きた子犬、アザラシ…何でもだ。
なかでも一番のお気に入りはハサミで、相手のヒゲ先から帽子、ネクタイ、果ては小銭をズボンのポケットごと切り取ってしまう。甚だ常識破りではあるが、彼にとってハサミはコミュニケーションツールのひとつなのだ。

マルクス兄弟の他の面々も決して馬鹿ではない。むしろある意味では天才だ。三男でマルクス兄弟のフロントマン・グルーチョは、鼻の下にインクでヒゲを描き、ヨレヨレのモーニングに身を包み、中腰でアヒルのように歩き回る。口を開けば、エキセントリックにマシンガントークをまくしたて、自分以外の全ての存在をおちょくりまくる。
その意味で彼は真の平等主義者だ。老若男女、強き人も弱き人も、富める者も貧しき者も、彼にかかれば全てが侮辱の対象となる。

グルーチョ

グルーチョの論理は支離滅裂ながらも猛スピードで展開されるので、相手は口も挟めず、いつの間にか煙に巻かれてしまう。その話術はまるでイリュージョンだ。
 彼のナメきった行動は世界を混乱に陥れ、時に戦争をも引き起こす。彼には正義も悪も無い。あるのは自分だけ。そんなエゴイストのわりに、何故か金持ちの未亡人から求愛されたりする。(もちろん彼は金のために表面上は取り入る)

長男のチコもかなりのクセモノだ。イタリアなまりの英語を駆使しながらも、会話はいつもチンプンカンプン。珍妙なチロリアンハットを頭に乗せ、持ち前の厚かましさを武器に、すきあらば他人をペテンにかけ小銭を巻き上げようと狙っている。この男にかかれば、あのグルーチョでさえカモになる。
なのにピアノの腕前はなかなかで、映画ではいつも彼がゴキゲンな一曲を披露する。親指を立て、人差し指一本で鍵盤を弾く“ピストルショット”がお家芸だ。

チコ

お家芸といえば、ハサミ使いのハーポも楽器を奏でるのだ。彼が演奏するのはハープ。ハープ弾きだからハーポと呼ばれる。いつもは白痴のごとく天真爛漫なハーポもひとたびハープを奏でると、まるで哲学者のような表情に変り(照明まで変ってしまう)澄んだ音色を聞かせてくれる。

実はマルクス兄弟には四男も五男もいたのだが、上の三人があまりに強烈すぎて、彼らは自分の凡庸さに失望し芸能界から身を引いてしまう。
全ての価値観を覆すチコ、ハーポ、グルーチョの並外れたナンセンスには、血を分けた肉親でもついていけなかったのだ。

マルクス主義の成立

 このあまりにもアナーキーな破壊力を放つマルクス兄弟が映画史に登場したのは1929年。まさに映画がサイレント(無声映画)からトーキー(発声映画)に移り変わる時期だった。

 映画に音がついたことは革命だった。それまで体を張ってドタバタ劇で笑わせてきたコメデァンたちは瞬く間に古くなり、一斉に職を失ってしまう。
 あれほど全盛を極めたバスター・キートンやハロルド・ロイドといったサイレント期のスターたちは見向きもされなくなり(唯一チャップリンだけが持ち前の才覚で生き残ったが)、代わりに言葉で笑わすことのできる舞台の喜劇人たちが映画界に進出してくる。

 ニューヨークなどで活躍していたヴォードビルチーム・マルクス兄弟はその筆頭で、ハリウッド映画界に招かれるや瞬く間にスターとなって君臨する。
 彼らの映画は、自身のヒット舞台をそのまま移した内容で、通常の作品のようにストーリー中心の構成ではなく、持ちネタを次々と披露していく、言わばバラエティショーの趣だった。そしてこのことがかえって観客に新鮮に受け止められた。
 かのチャップリンでさえ、グルーチョの天才的な話術を羨んだという。もっともそれを聞いたグルーチョは「あれほど稼いだのに、まだ欲張る気か」と悪態をついたらしいが。

 彼らがスクリーンデビューした1929年のアメリカは大恐慌の時代だった。株価の大暴落に伴う空前の不況にあえぐ人々に、マルクス兄弟の抱腹絶倒な狂気と毒気は大いにウケた。民衆は現実の混乱の上を行く常識破りの笑いに救われ喝采を送ったのだ。

 彼らの映画は大いにヒットし、主演作品が立て続けに製作される。
 デビュー作「ココナッツ」ではフロリダのホテルを舞台に土地ころがしを揶揄し、続く「けだもの組合」ではセレブたちの芸術収集をあざ笑う。3作目「いんちき商売」で客船の旅をかき回し、4作目の「ご冗談でショ」では大学のアメフトチームで珍プレーを繰り広げる。

 当時のアメリカ社会の光と影を織り交ぜながら、上流社会をかく乱し、不条理な暴れっぷりを披露するマルクス兄弟は、まさに時代が求めたスターだった。
 巷には彼らに熱狂する信者が溢れ、ここにすべての権威や常識をあざ笑うマルクス主義が成立する。

早すぎた大傑作

 作品を発表するごとにマルクス主義にはどんどん拍車がかかり、彼らの芸はよりクレイジーに、アナーキーに突き進む。そしてあらゆる価値観を破壊し尽し、ついには観客も批評家も全くついていけないレベルにまで達する。
 これにより、それまで順調だったキャリアにも陰りが見え始める。5作目の「我輩はカモである」では、興行面でも批評面でも無残な結果を招いてしてしまう。

 現在、「我輩はカモである」は彼らの代表作とされ、ファシズムの台頭を予言した先鋭的な傑作として映画史に輝いているが、公開当時はあまりにも不謹慎すぎるとされ、それまでの支持がまるで嘘だったかのように不評を買った。いつの時代も進み過ぎた表現は理解されないのだ。

 その内容はというと―、ある共和国の首相に何故か任命されたグルーチョが、持ち前の傲慢さで独裁者ぶりを発揮、隣国の大使をおちょくりまくったあげく、勝手に戦争を始めてしまうというかなり過激な筋立てだ。

 このブラックさに大衆は眉をひそめた。ヒトラーをはじめとするファシズムが台頭する風潮のなか、時代を生々しく反映した風刺に人々は拒否反応を示した。世界を覆い始めた現実の不安を前に、このカリカチュアをせせら笑う気にはなれなかったのだ。(そういえば、この作品には恒例のチコやハーポの演奏シーンが何故か無かった。このことも本作が親しみやすさを欠いた理由だったのかもしれない)

 しかし時が過ぎた今の目で見ると、このような政治的ファクターを度外視しても、本作は純然たるコメディとして圧倒的な面白さを誇っている。
 後に多くの模倣を生んだ、有名な鏡のギャグ(兄弟がそっくりの扮装をして、鏡が無いのにもかかわらず、まるであるかのように、こちらとあちらに分かれて寸分違わぬ動作でシンクロする)をはじめ、シュールレアリズムを思わせる芸術的なギャグに溢れている。

 もちろんブラックな笑いも冴えており、戦線の先頭に立つグルーチョがそうとは知らず味方の兵士をマシンガンで撃ちまくり、これを秘書に指摘されると、5ドル紙幣を手渡し「これで黙っていろ」というシーンなど、今見ても笑っていいのかどうかすら分からない不謹慎さだ。

 またナンセンスなギャグも満載で、戦況に窮したグルーチョが電話で助けを呼ぶと、消防車や白バイの集団、レース中のマラソン選手やボート選手、果てはジャングルからゾウや猿の群れ、海の向こうからはイルカの大群が駆けつけるという奇想天外なシーンもある。(もっともこれはマルクス兄弟のギャグというよりも、監督のレオ・マッケリーのモンタージュ的な発想によるところが大きい)

 これに続く映画のラストは、敵の大使をついに捕らえ、その顔に兄弟全員でオレンジを投げつけるスラップスティックなシーンで締めくくられる。
 そしてこの様子に歓喜した愛国者の貴婦人が勝利の国歌を歌い始めるのだが、なんと彼らは(味方であるにもかかわらず)彼女にもオレンジを投げつける。
 マルクス兄弟には国も戦争もイデオロギーも関係ない。破壊者として不条理に振舞い続けること以外に目的はないのだ。

マルクス主義の衰亡

 「我輩はカモである」の失敗で、マルクス兄弟は映画会社をクビになる。これで映画界とはおさらばかと諦めかけた時、思わぬ人物から救いの手が差し伸べられる。
当時の映画界を代表するメジャーカンパニーMGMの俊英プロデューサー、アーヴィング・サルバーグから契約の声がかかったのだ。

 若くして映画の商才に長けていたサルバーグは、マルクス兄弟の唯一無二の才能を高く評価しながらも、彼らの映画に足りない要素(あくまでもヒットの為に足りない要素だが)を分析し、別の方向の映画作りを推進していく。

 すなわち、彼らを解りやすい勧善懲悪の物語の中に配置し(これで彼らの破壊行動は悪玉の陰謀を阻止するという大儀を得る)、若い男女のラブロマンスをサイドストーリーに組み込み、MGMのお家芸であるミュージカルシーンを挿入するなど、徹底した娯楽性を追求したのだ。

 さらに貧しい黒人たちやジプシー集団、ネイティブアメリカンの一族など、マイノリティと歌やダンスを繰り広げるシーンを設け、社会的視点や道徳的配慮(彼らには最も似合わないことなのだが)を加えて観客にアピールした。

 もちろん演出家にもこだわり、サム・ウッドというアカデミー賞級の監督をあてがい、堂々たるメジャー作品として売り出した。
この改革により、マルクス兄弟は一時的に勢力を取り戻す。「オペラは踊る」や「マルクス一番乗り」など、映画の面白さをてんこ盛りにしたような第一級のエンターテインメントが生み出された。

 しかし一方で、彼ら本来のアナーキーな笑いは、お決まりのストーリーや安心して見ていられる展開のなかでは、どうにも魅力が発揮しきれなかった。マルクス兄弟の笑いは次第に先鋭さを失っていく。

 さらに理解者であったサルバーグが早逝したことも影響し、作品の質もどんどん下がり、彼ら自身もやる気の無かったであろうドタバタ芸に傾斜し、ついには観客からも飽きられ映画界から姿を消していく。

 折しも時代は不況下の混乱から、ルーズベルトのニューディール政策に伴う理想の民主主義、理想のアメリカ像を目指す空気へと変わっていった。その時に、常識を否定するマルクス兄弟の過激さは、排除すべきものとされたのだ。

今こそ、マルクス主義を!

 しかし、マルクス兄弟は1960年代後半に突如として再評価を受け脚光を浴びる。彼らの映画が次々とリバイバル上映され、多くの人々が熱狂的に支持し始めた。
 それは何故か?アメリカはその時、ベトナム戦争の泥沼にはまり込んでいた。そう、あの大恐慌下で支持を得たように、混乱の時代にこそ彼らは必要とされるのだ。

 ベトナム戦争という、東西の代理戦争に大義も理想も見いだせなくなったアメリカ国民。国も政治も、何もかもが信用できなくなった時、人々は全ての価値観を覆すマルクス兄弟の笑いを求めた。
 彼らは時代の閉塞感から大衆を解放するために降臨した救世主、いや破壊神として甦ったのだ。

 だとすれば、今の時代にこそマルクス主義が必要とされるのではないか。
 近年、世界中にはびこるグルーチョよりもタチの悪い指導者たち。ナショナリズム、自国ファーストを掲げ、排他と分断の世界を生み出す彼ら。きな臭い圧政が世を覆いつつある。

 今こそマルクス兄弟が復活し、狂いはじめた時代をグルーチョが支離滅裂に罵りまくり、ハーポがハサミでズタズタに切り裂き、とどめにチコがピストルショットで打ち抜く時ではないか。
 もっとも彼らの本意はそんな政治的思想とは無縁だ。彼らはただ、目の前にあるものをあざ笑い破壊したいだけなのだ。

 さて、最後にこれぞマルクス主義という不謹慎で毒気に満ちた小噺を紹介して筆を置こう。
 これは映画からではなく、彼らが出演していたラジオドラマ(マルクス兄弟は毎週ゴールデンタイムにラジオのレギュラー番組を持つほどの人気者だった。当時の社会の混沌ぶりがうかがえよう)から、インチキ弁護士に扮したグルーチョと助手のチコのやりとりだ。

グルーチョ 「ところでお前、生命保険に入らないか?」

チコ    「それなら親父に薦めてくださいよ、あと三日しか生きられないから」

グルーチョ 「どうしてそんなことがわかるんだ?」

チコ    「裁判長が決めたもんで」

(終わり)

【村上浩康・プロフィール】
一九六六年宮城県仙台市生まれ。
二〇一二年 神奈川県愛川町で動植物の保護と研究に取り組む二人の老人の姿を十年間に渡って記録したドキュメンタリー映画「流 ながれ」公開。
第五十三回科学技術映像祭文部科学大臣賞 
キネマ旬報文化映画ベストテン第四位
文部科学省特選 

その他の作品 
二〇一二年 「小さな学校」
二〇一四年 「真艫の風」
二〇一六年 「無名碑 MONUMENT」
二〇一九年 「蟹の惑星」「東京干潟」

イラスト:海山かのん

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