「リスボン その1」暦過ぎた夫婦の初めてのスペイン・ポルトガル旅―(8)

スペイン・ポルトガル旅

B&Bカフェやまがら文庫オーナー・前田直さん・芳子さんによるスペイン・ポルトガル旅行記・第8回目です。

リスボン その1

翌朝、7時にアルベルゲで軽い朝食をとり、近くのサン・ベント駅前からバスでカンパニャン駅まで行く。

ポルトの人は実に親切で、「5番のバス停で待ち、乗車券は車中で購入するように」と教え、私たちがバスに乗るまで見守ってくれた。バスは15 分でカンパニャン駅に着いた。

次はリスボンまで列車だ。妻は乗車券の買い方が慣れてきたようで、難なく乗車券を購入した。私たちを乗せた特急列車は、定刻の8時52 分に駅を出ると、直ぐにドウロ川のサンジョアン鉄橋を渡った。

今日は列車からドウロ川を見下ろすことになった。今日も早くから大小の観光船が川を行き交っている。そして昨日歩いた川岸の商店街や丘の上のカテドラル、旧市街地が目の前に広がった。しかし、鉄橋を渡り終えると、あっという間にポルトの町は深い緑の樹々に隠れ視界から消えていった。もう訪れることはないだろうポルトに別れを告げた。

ポルトからリスボンまで300㎞の鉄路の旅だ。車窓からは緑のなだらかな丘が見え隠れし、どこにでもあるような村や牧野を通り、いくつかの大きな駅に停車して3時間、ガラス張りの近代的な駅に到着した。外には大きなビルやドームも見える。半分位の乗客はこの駅で降りたが、まだ残り半分ぐらいは降りようとしない。

私たちは、リスボン駅はまだなのだろうかと不安なまま車内に留まった。列車は動き出すと海岸沿いの町に入り10 分もすると石造りの古い駅へ入って止まった。終着リスボン駅のようで、乗客が降りだす。私たちもその乗客の後を追ってホームへ降りた。途端、外は焼けるような猛暑である。しかし湿度が低いからどうにか過ごせる。

この駅はサンタ・アポローニアという駅で、主都リスボンを代表する駅だった。私たちはリスボンが駅名だと思っていたが、そんな駅はなかった。日本の駅名は都市名と同じ名が主であるが、スペイン、ポルトガルの主要駅は都市名とは違う駅名が多い。何故、都市名と同じ名の駅にしないのかと疑問に思った。疑問はもう一つ。今まで4回、列車を利用したが、あまり車内放送案内を聞いたことがない。乗り降りは乗客の責任なのだろうか。まぁ、スペイン語もポルトガル語も分からない私たちには、車内放送はあっても無くてもどうでも良いことなのだが。

歴史を感じる古風な駅を出ると、突然目の前に白い大きなホテルが現れた。しかし、よく見るとホテルではなく、10 万トン級の豪華クルーズ船が2隻並んで停泊していた。駅前は国際港の桟橋になっていた。周辺の商店街は、買い物や食事をしている沢山の乗船客で賑わっている。残念ながら、日本人のツアー客は見当たらない。

さて何処にいこうか。私たちのリスボン観光の始まりだ。まずは海岸通りの大きな旧商館や古い倉庫街を歩くが、人が見学しているような観光的な施設は見当たらない。ブラブラ歩いて1時間、空腹になり食事する店を探すが、薄暗い小さなバールばかりでなんとなく入る気にはなれない。本当の繁華街は何処にあるのか分からない。

ここは一度、終点の1つ前の近代的な大きな駅に行こうと妻と意見が一致した。駅ホームは出入り自由なので、乗車券も買わず人の流れに乗ってホームに停車している普通電車に乗った。むろん無賃乗車である。外国人旅行者であるという甘えもあったが、少し不安でもあった。

電車の窓からリスボンの港通りの景色を眺めていると、10 数分でオリエンテ駅に着いた。駅地下広場には飲食や雑貨店が並び、大きなショッピングモールと繋がっている。店内はかなり混雑していて、ここも中国人の観光客が目立つ。

ショッピングモールは2階と3階が食堂街となっており、昼食時間が過ぎているがどの店も満員だ。食べている客の料理を見るとどれもが美味そうだ。どの店に入ろうかと2回、3回と同じフロアを回っていると、中華料理の看板が目に入った。40 日もオリーブオイルの料理で少し飽きてきたので、惹かれるように中華料理店に入った。

テーブルにつくと、涼しい風がテラスから吹いてきた。店員は華僑らしき人達だろうか、あまり愛想が無い。私は焼きそば、妻はチャーハン料理を注文した。料理は特段美味いとは思わなかったが、久々に食べ慣れた懐かしい味は、ビールと共に私たちの疲れた体に元気を与えてくれた。

店を出ると、大事なことが待っている。明日乗るセビーリャ(スペイン)までのバスを予約しなければならない。どこで予約できるのか。駅インフォメーションは鉄道案内専門のようなので、駅ビルから出ることにした。

人通りの少ない駅地下道の外れに、ポリスの駐在所を見つけた。ノックをしてドアを開けると、年配の太り気味のポリスマンがビックリしてイスから体を起こし、怪訝な顔をして私たちを見まわした。おそらく居眠りをしていたのだろう。その目が、リュックの日の丸ワッペンで止まると、ポリスマンの顔が優しくなった。妻が「ドンデエスタ、オートバス、エスタシオン?」と言葉にならないような単語を並べると、意味が分かったようで指を上に指して「階段を上がって外」と言っているようだ。ポリスマンはドアの外まで私たちを見送ってくれた。

階段を上がり外に出ると、暑い日差しが襲ってくる。駅ビルの日陰に入ると、目の前に旅行会社の事務所が見えた。プレハブづくりの事務所に入り、リスボンからセビーリャまでのバスの乗車券を希望すると、日中のバスは満員で、明日の22 時発ならあるという。仕方無いが移動は夜行バスとなった。乗車券購入後、女性の事務員さんが、暑い中を少し離れたバスターミナルの発車ホームまで案内してくれた。警察官に、事務員さん、リスボンの嬉しいおもてなしに
「オブリガーダ! セニョール
 オブラガーダ! セニョリータ」
 
バスの出発場所も確認して安心した私たちは、リスボンの旧市街地を観光するため、またサンタ・アポローニア駅へ戻った。今度は駅を出ると、直ぐ上り坂の街路に入った。

15分も歩くと、目の前が一変する。雑誌などのグラビアで見るリスボンの狭い街路が、縦横にひろがる。赤や黄色の路面電車が次から次へと行き交い、その間を縫って観光用のオート三輪や車が走りぬけていく。狭い路では路面電車が通るたび、歩行者は家々の壁にピッタリ寄って路面電車をやり過ごす。「ギューン、ギギギーッ」と観光客を乗せた満員の路面電車は、遠慮なしに人込みを割って過ぎ去っていく。

古びた石造りの街並み、石畳の狭い坂道、古めかしい色とりどりの路面電車、沢山の観光客、全くごちゃごちゃしている。これがリスボンなのか。田舎者が都会の繁華街で右往左往しているように、私たちもリスボンの街で観光客の流れに飲み込まれてあてもなく観光していると、「i」のマークの看板を見つけた。そこは街の小さな観光案内所で、女性4人が忙しそうに応対している。丁度良い。私たちは今晩のホテルを予約しなければならない。ここからは妻のワークだ。私は愛想良く妻の側に立っていれば良い。

いつものように、妻はあまり料金が高くないホテルを交渉する。係りの女性は目ぼしいホテルを見つけたのか、そのホテルに電話した。そして私たちに85 ユーロの部屋が空いていると言った。2人で約1万円なら御の字だ。OKして予約してもらう。私は、いつものようにお礼にと持っていた折り鶴を1羽あげると、係員がみんな寄ってきて大変喜んでくれた。

 私たちはホテルまで歩くことにした。観光案内図を頼りに500mも歩くとリベルダーデ通りに着いた。

この通りは1500mもあり、道路幅は広く、道路の真ん中にプラタナスに覆われた広い歩道が通っている。丁度その歩道には30 位のテントが張られ、骨董市が開かれていた。骨董品の中には相当古そうな小物、何でもないような日用品、変わった物では仏像や日本刀等が見られた。中には工芸品やハンドメイドの装飾品もあり、各店舗を見て歩くのも結構楽しい。突然「日本からですか?」と、品のよい初老のご夫妻に声をかけられた。そして「日の丸を見ますと、ほっとしますよね」と奥さんが話す。

ご夫妻は神戸から、リスボンに在住の娘さんのところに、二週間の予定で来ているという。リスボンに来て一週間になるが初めて日本人に会い、リュックの日の丸ワッペンを見て声をかけたとのこと。確かに、私たちもポルトガルに入り中国人の観光客はよく目にしたが、日本人に会うのは初めてだった。リスボンも中国人が本当に多く、彼らは羨ましいことにグレードの高いホテルに泊まっている。ご夫妻との短い立ち話ではあったが、日本人と会ったということだけで嬉しくて少し元気がでた。

長いリベルダーデ通りが終わると、恐ろしく高い像がある広場に着いた。マルケス・デ・ポンバル侯爵がライオンを従えている像だ。そこを過ぎるとリスボンを見渡せるエドゥアルド7世公園、ホテルはその公園の近くにあった。マンションを改修したと思われる建物で、どう見てもホテルには見えない。3階でエレベーターを降り、外廊下を通り、部屋には渡された鍵で鉄のドアを開けて入る。まるでマンションそのものだ。

私たちの部屋は2DKで、3階の窓からは緑の樹木に覆われたエドゥアルド7世公園が直ぐ目の前に見える。環境は申し分ない。早速、シャワーを浴びながら下着の洗濯だ。洗濯した下着は、まだ十分に陽が当っている窓辺に干す。ここでようやく安堵感がひろがる。あとは楽しい夕食が待っている。

部屋で一休みして、夕食のため外に出た。ホテルの従業員が愛想よく送ってくれた。外の気温は昼より下がってはいるが、涼しさには程遠い。何を食べようか。今日はレストランに入って、分厚いステーキでも頬張りたい。20 時を過ぎてもメイン通りは車のラッシュで騒がしい。歩道にはちらほらとテーブルが並んではいるが、まだ時間帯が早いとあって食事をしている人はあまりいない。昼に歩いたリベルダーテ通りを歩いてみるが、気に入った店がない。いや、なにが旨いのか、どんな料理があるのか分からないので入れないのだ。(ポルトガルは旅行計画に入ってなかったので日本語のガイドブックを持って行かなかった。もちろん下調べも一切なし)「よし、裏通りなら庶民的な店があるかも」と思い、角を曲がり路地に入った。

一つ通りを変えると人通りはぐっと少なく、淋しい通りとなる。二人とも空腹のために会話も棘がたってくる。もうどこでも良いから入ろうと思いながら歩いているとき、魚店の奥がレストランになっている店を見つけた。どうも老舗のようで料金も高そうな店だが、意を決しドアを開けた。「△□○―――」と、痩せた年配の男性ボーイが、私たちを迎えて、壁際のテーブルに案内してくれた。店の中は広く古民家風で、地元の客らしい数組のグループがワインを飲みながら食事をしている。奥のテーブルでは10 人程の家族が、聞いたような歌を合唱し、誰かの誕生日を祝っているようだ。

案内したボーイがメニューを持ってくるが、見てもわからない。まずはビールを注文し、日本語とポルトガル語のやりとりでおすすめの料理を注文した。料理は、海鮮スープとシーフードパエリアであった。スープは日本のアラ汁と言ったところで、貝と魚とポテトでハーブの香りもする。満腹とはいかないが、美味しい料理を頂いて、店を後にした。料金はそれほど高くはなかった。

今日は疲れた。もうどこにも寄りたくない。これからがリスボンの楽しい夜がはじまるのだが、ホテルに帰りエアコンの効いた部屋でぐっすり寝るのが一番だ。  
ボア ノイテ(おやすみなさい)
(つづく)

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