「バスのストに遭う」還暦過ぎた夫婦の初めてのスペイン・ポルトガル旅―(5)

スペイン・ポルトガル旅""

B&Bカフェやまがら文庫オーナー・前田直さん・芳子さんによるスペイン・ポルトガル旅行記・第5回目です。

 バスのストに遭う

 6月19日、6時30分に目が覚める。妻は起きているようだ。外はまだ薄暗く、夕べ遅くまで賑わっていた路地通りは物音ひとつしない。ただ、ウミネコの鳴き声だけが甲高く聞こえる。今日はどんな一日になるのだろうか。ベッドから起きようとして頭を持ち上げると、「???何だ? 何だコリャ!」見慣れない物が、上のベッドの枠からぶら下がっている。ボーッとしながら手を伸ばすと女性用の下着である。黒いTバックだ。足側には黒地に花柄のブラジャーが同じように、上から長々とぶら下がっている。

上のベッドは、昨日港のレストランで食事をしていたイギリス人の可愛いお嬢さんだ。「モーションかけられたか? 俺ってまだ若い? まさかぁー」なんて有り得ないことを考えていると、「起きたの?」と妻の声がした。私はベッドから出て「ちょっとこれ見ろ」と妻を呼ぶと、妻も「あれー!」と笑っている。下着の持ち主は、朝帰りでまだ夢の中。向かいのベッドのお嬢様も同じく朝帰りで爆睡中。「いやはや、なんとオープンなお国柄」と思いつつ、素敵な下着を記念写真にパチリ。こんな老人でも・・・・いや止めよう。般若心経だ。

旅の身支度を終えて1階に降りると、店主が焼きたてのパンを買って来たところだった。食べるよう勧められ、コーヒーと一緒にご馳走になった。焼きたての旨いパンだ。朝食のお礼に、日本から持参した折り紙で3羽の鶴を折って差し出すと大変喜んでくれた。

サンティアゴ行のバスは8時20分発。少し早めに停留所に行くと前川さんがいた。前川さんは途中のムシアという町で降りるという。

そして、「どうもバス会社でストをやっているらしい。今日のバスは、この1便で終わるかも知れない」と情報をくれた。3人で雑談をしていると、バスがやってきた。

スペイン・ポルトガル旅

乗って来た乗客が降り、次に乗車開始となった途端、並んでいた列が崩れて我先の乗車となった。前川さんも私たち夫婦も急いでリュックを床下のトランクに入れ、バスに乗車した。間もなくしてバスは定刻に発車し、しばらく海岸線を走った。港町ムシアに到着すると、前川さんは「お元気で!」と最後のお別れの言葉を残して降りた。前川さんとは6月6日に巡礼道のリエゴ・デ・アンブロースという山麓の小さな村で知り合ってから、毎日のようにお会いし、度々お世話になってきた。私たちも「お元気で」と言葉を返して、前川さんの後ろ姿を見送った。別れは本当に淋しいが、ご縁があればいつかまた日本で会えるかもしれない。

 帰りのバスは早い。湾沿いの村や町を通り、リアス海岸を背にして急峻な上り坂を走り、あっという間に峠を越えてサンティアゴ・デ・コンポステーラの郊外に入った。そして10 時45 分、バスターミナルの1階ホームに到着した。

私たちは2階の国際線バス窓口へと急いだ。午後のリスボン行を予約しなければならない。開いている窓口に行き、妻が「リスボン」と話すと、肉付きの良い中年女性社員は「ノン、スト」と言いながら手を横に振った。前川さんの話していたストは本当だった。そうなればサンティアゴ・デ・コンポステーラにもう一泊しなければならない。(この時、私たちは冷静さを失っていて、鉄道があることが全く頭になかった)

明日のバス運行の状況を聞くと、17 時30 分発のポルトまでの便は運転するとのこと。仕方ない、ポルトもポルトガルの都市だ。行けるところまで行こうと、乗車券を購入して駅の外に出た。ターミナル玄関前の広場では、黄色や緑色のユニホームを着た100人程の集団が同色の旗を持ち、街へと行進していくところだった。一台の乗用車がスピーカーから労働歌らしき曲を高らかに流して、集団を先導している。行列の後にはパトカーがピタリとついている。正にスト決行中で、日本のメーデーの行進と少しも変わらない。私も若い時分にこのようなストを経験しており、どこか懐かしさを感じた。

スペイン・ポルトガル旅

 さて、今日の宿である。巡礼で2日間泊まった「アルベルゲ・ラ・エステリア・サンティアゴ」に行ってみる。まだ正午前なのでベッドは空いているはずだ。ドアを開け受付に行くと、受付嬢は「一昨日泊まった時のベッドが空いている。オッケー」と快く迎えてくれた。

宿が決まれば、明日の夕方までは十分過ぎるほどの時間がある。飽きもせず、また妻とカテドラル(大聖堂)に行き、周辺の観光をすることにした。カテドラルの広場ではジャズの生演奏を聴き、昼食は巡礼者に人気のあるレストラン「カサ・マノーロ」に行き、いつもの安価なメヌーを食べる。味よりは量が多い店だった。

外に出ると陽は真上で猛暑、歩いているだけで疲れる。早めに宿に帰り体を休めることにして石畳の巡礼路を歩いていると、サングラスを掛けた半ズボン姿の中年男性がマウンテンバイクを押して坂道を上がってくる。一目で鈴木さんだと分かった。鈴木さんは、5回目の巡礼で、今回初めてマウンテンバイクに乗って旅をしている。2日前、カテドラルのミサの後に日本人仲間でサヨナラ昼食会を催して別れたのだが、その時の鈴木さんがまだこの町に残っていたので私たちは驚いた。鈴木さんも私たちに気づき驚き、バールに入って雑談することにした。鈴木さんは「あの時のメンバーはみんな帰ってしまった。残っているのは俺一人だ」とポツリと淋しそうに洩らし、あと数日間滞在してから日本に帰るという。鈴木さんとも今日が最後と思うと、私たちも淋しい。もう会うことはないだろう。鈴木さんお元気で!

 私たちは早めの夕食を済ませ、外がまだ明るいうちにベッドについた。私は夜中に数回トイレに通う持病があり、上のベッドになると梯子の昇り降りが本当に厄介だ。その夜もいつものようにトイレに通う。ベッドは古いパイプ製なので、気を遣って上り下りしなければならない。

事故は3回目のトイレの帰りの時に起きた。梯子の一段目の棒に足を掛けると「ギー」と微妙な音がする。そして二段目の棒に反対足を掛け、体を載せた瞬間「バギッ、ガチャ、コロコロ ドーン※※※??」。梯子の踏み棒の溶接が剥がれ、壊れて床に転がった。一瞬、私は握り棒を持ったまま宙ぶらりんになり、そして床にドーンと落ちた。下で寝ていた妻が、ビックリして目を覚ましたが、他は誰も起きる気配はなく熟睡しているようだ。巡礼の疲れのため一寸やそっとの音では目が覚めないのだろう。

朝、受付のお嬢さんに謝りに行くと、怪我がなかったかと反対に心配してくれた。

素敵なセニョリータお世話になりました。また会う日までさようなら。

(つづく)

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