きりえ作家「きりえや」として活動する高木亮さん。
今回、彼の仕事場を訪ねて、実際に文具を使いながらきりえを切り上げる仕事を見せてもらうことができた。
高木さんが作品作りに使う文具の数々は、ごくシンプルで無駄がない。仕事を始めたときからずっと欠かせないのは紙と下敷きとカッター。現在は、心地よく仕事をするための筆記具として万年筆なども愛用している。

高木さんが仕事に使っている文具たち
一本のカッターで作品を作り上げる
きりえを作るときになんといっても欠かせないのは、紙を切るナイフ。高木さんが愛用しているのは「NTカッターのデザインナイフ」。
以前はこれよりも大きいカッターを使っていたけれど、やがて「きりえでこんなこともできるんじゃないか」と模索して可能性を広げるうちに、小回りの利く小さいカッターを使うようになった。
「以前は別のメーカーのカッターを使っていました。それは、グリップにゴムがついていて使いやすかったんですね。ただ、廃盤になってしまって、新しくなった製品は軸の形が自分には使いづらかった。それで、よくあるNTカッターのものに行きつきました」
ゴムのない軸に最初は「どうしよう」と思ったが、いざこちらのものを使ってみると、ゴムのない硬い軸でもまったく問題はなかった。「長くやっているうちに、繊細なことを気にしなくても、ある程度自分ができるようになっていた」と高木さんは当時を振り返る。
以来、作品を作るときは、このカッターひとつだけで作品を切りあげる。大きな絵を切るときは、1枚仕上げるのに10~20本の替刃を使うこともある。
下絵を描くときは、万年筆で
きりえを作るときは、まず切るための下絵を描く。ネタや構図が思い浮かんで、最初に書き出す筆記具は万年筆。
「下絵は鉛筆のほうが正確に書けるのですが、頭に浮かんだイメージを構図にしていくとき、自分のコンディションがいいと、もうそこで絵ができあがってしまって、後で実際に切るための下絵を描いたときに違うものになってしまう。なので、あえて詰めて書きこむことができない万年筆で書くようにした。あとは、最初は持っていて気持ちのよいもので書きたいというのもありました」

愛用しているデルタ(左)とアウロラ(右)の万年筆
万年筆のきりえを製作したのをきっかけに、自身でも使ってみたくなって万年筆を手に入れたという高木さん。「かっちり決めすぎたくない、ぼんやり薄いイメージを書きたい」ため、黒ではなく青いインクを使って書いている。

万年筆で下絵を描いているノート
「なんとなく書いても、いい味が出ているように見えるのが万年筆のいいところ。使うようになってネタを描くのも楽しくなりました」。
青鉛筆、鉛筆、筆ペンで下絵完成 ホッチキスで綴じて絵を切り取る
構図がある程度決まったら、次の工程はラフスケッチの作成。万年筆で描いた大まかなレイアウトにもう少しきちんとあたりをつけるために使うのは、青い色鉛筆。

線をなぞるために使う青鉛筆と鉛筆
「青色の鉛筆は、白い紙で書くときに上から黒いもので書いても邪魔にならないし、一番目にさわらない色。以前は赤鉛筆を使っていたのですが、最近、消しゴムで消せる青鉛筆が出たので、重宝しています」
ラフスケッチを描いたあと、黒鉛筆やシャーペンを使って細かいディテールを整える。その後、薄墨筆ペンで本番用のペン入れ。こうして下絵が完成する。
下絵ができあがったら、切る仕事にかかる。下絵と紙をホッチキスで綴じて、下絵の線をなぞりながらカッターで切りとっていく。
「昔はホッチキスで綴じただけでは、細かいニュアンスは絶対ずれてしまうだろうと信じ込んでいたので、スプレーのりで貼り合わせて綴じていたんです。でも、はがすのが大変だし、のりのあとが残って見た目も悪くなるので、やめました。今はホッチキスで綴じても意外とずれないですね」
下絵を切り取ったら、ホッチキスの針を抜き取る。針を抜くのには、ホッチキス針を抜く専門文具「はりとるPRO」を使っている。

「はりトルPRO」を使ったら快適でやめられなくなったという高木さん。「専門文具恐るべし」と太鼓判
針を抜いたら、完成したきりえを台紙に貼って、作品が完成する。

出来上がったのは、高木さんの作品にたびたび登場する猫の「ユメ」
大切にしたいのは「線」4、5回なぞって理想にたどりつく
大学時代にきりえの制作を開始した高木さん。収入の少ない学生だったので、自分が出せる金額で買える道具を揃えて、独学で技術を習得した。大学卒業後、本格的にきりえ作家となり、現在に至るまで精力的に作品を作り続けている。
「なぜ、きりえなんだろう」と自身で考えることもあった。それでも「自分のイメージを形にするために、きりえが一番向いていると思う」高木さんは話してくれた。
「僕が絵を描くときに一番大切にしたいのは線なんです。『これだ』という線を作るために、万年筆でラフを書いて、鉛筆であたりをつけて、筆ペンでペン入れをしていく。つまり、一つの線を決めるために、4回から5回ほどなぞっている。そのうえで、幅が狭い刃物で線を切って決める。その作業をしないと一番いい線が出せない。そういうタイプなんだと思います。
一発でいい線が描ける人もいるけれど、自分の場合は、さまざまな道具を使ってやっと理想の線にたどりつくことができる。このやり方を20年近く続けて、今も『相変わらず』なので、これからも線をなぞってナイフで切って作品を作っていくと思います」
きりえや・高木亮 プロフィール
お話も作るきりえ画家。
1971年香川県生まれ。神奈川県川崎市在住。
大学在学中独学にてきりえ制作を開始。のち「きりえや」を名乗る。
ポストカードやカレンダー等グッズ制作、個展や各種メディアを通じて作品を発表。
叙情的風景からひねりの利いたパロディ作品まで、 多岐に渡る作品中に通底するのは「かわいくて、おかしくて、少しだけ寂しい」世界。
ホームページ http://kirieya.com/
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twitter @kirieya
取材・文:田下愛 撮影:土田有紀恵
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